「Ch,ムートン・ロートシルトのワイン・ラベル」

2008年3月中に六本木ヒルズ森タワー52階でムートン・ロスシルドのワインラベル原画展が開かれた。 バロン・フィリップ男爵の類稀なるアイデアによって1945年から毎年著名な画家がワインのラベルを描いている事は多く知られている。

近年ワイン業界で何年に誰が描いたかを話題にすることは少なくなった。 恥ずかしながら2004年のラベルが英国チャールズ皇太子の描いた水彩画であったことは、この原画展を見るまで知らなかった。英仏協定締結百周年に当たる2004年を記念して、皇太子が南フランスの風景に着想を得た作品が選ばれたそうである。しかもレプリカを止めて、ある担当者が英国まで出向いて本物を飛行機で抱いて持ってきて今回の原画展に展示したそうである。

私が皆様にお話ししたい事は以下の点である。1945年から1986年までラベル上にその年のワインの総生産本数やマグナム以上の生産本数が記載されていた事をご存知ですか?
ただし例外的にロスチャイルド家がシャトーを取得して百年の1953年、特1級に昇格してピカソが描いた1973年、シャトーとして60回目の収穫を記念した1982年の3ヴィンテージは例外的に記載がない。

生産本数も1950年代から10万本以上になり、1970年代から20万本以上になった事がよくわかる。
その間マグナム以上の大きいサイズの瓶が最も多く造られたのはアンディ・ウォーフォールが描いた
1975年の9,245本、最小はパヴェル・チェリチェフが描いた1956年の488本。
総生産本数の最大はマーク・シャガールの描いた1970年の31万5千本、最小はジャン・コクトーの描いた1947年の5万7本ほどである。

ではなぜ1986年がラベル上に生産本数が記載された最後の年になったのであろう?
これは推測であるが1986年まではラベルのサインはフィリップ・ド・ロートシルト男爵、1987年からは娘のフィリピーヌ女史である。男爵は1988年1月20日に亡くなったが、実質は1986年まで指揮をとり、翌年からはフィリピーヌ女史が後を継いで方針も変わったと思われる。

あと皆様がご存知のムートン・カデはいつ初めて造られたのかと言えば1933年。これはフィリップ男爵がヘンリー男爵の末息子であったため、フランス語で末息子を意味するカデと名付けたそうである。
しかも1933年は不良の年で1本もシャトー・ムートンは生産されず、ムートン・カデとなった。ですからもしシャトー・ムートンの1933年が存在したら偽物です。

しかも娘のフィリピーヌ女史が産まれたのも1933年だそうです。

 

(2008年3月31日更新)


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