「シャンパンと戦争」
1940年17歳のベルナール・ド・ノナンクール氏は兄弟達とドラモットのシャンパン・ハウスで働いている時に、ドイツ軍ゲーリング元帥の武装した兵士が15台の軍用車で乗りつけた。
兵士達はサロンのハウスに入っていくとシャンパーニュのケースを運び出し始めた。
ノナンクール氏は1928年もののサロンが持ち出されるのを目撃した。

パリ市長ピエール・テタンジェ氏は心の底から湧き上がる恐怖に怯えていた。
彼が愛するパリの街がまもなく破壊されようとしており、ドイツ軍コルティツ将軍はほかの誰よりも
それを実行しそうだったからである。
ドイツ人がひとりでも銃撃されれば、その地区の家をすべて焼き払い住民を処刑すると将軍は言った。
市長は将軍に語った。「建設する力を持った将軍はめったにいません、たいていは破壊する力を持っているだけです。もしパリを救ってくれれば人類のために救った将軍と私は言うでしょう。」
コルティツ将軍は初めて命令に背いた、無疵のままパリを明け渡した。


1945年5月4日フィリップ・ルクレール将軍率いるフランス第二機甲師団の戦車指揮官として従軍していたノナンクール氏は祖国の解放を知った。
ノナンクール氏の部隊はバイエルン・アルプスのヒトラーの山荘(鷲の巣)に向かう、その山頂にはフランスから盗んだ何百万本の貴重なワインを貯蔵するセラーがあった。
ナチスの高級幹部は皆フランス・ワインの名品が好きであった、ゲーリングは特にシャトー・ラフィットを好んでいた。しかしただ一人ヒトラー総統はワインに興味がなかった。

ノナンクール氏の部隊はエレベーターが破壊されていたために、地雷の埋められた山を苦労して登りついにワイン・セラーにたどり着いた。多くの年代ものワインとともに何と1928年のサロン・シャンパンのケースを発見した。部隊は苦労してワインやシャンパンを担架にのせて山を降り、フランスの歴史的な遺産を奪還した。

戦後 シャンパン業界で活躍したノナンクール氏は現在 ローラン・ペリエ社の会長であり、ご高齢ながらお元気である。
さらにドラモットとサロンのシャンパン・ハウスをローラン・ペリエ社が傘下におさめたことも深い歴史の因縁を感ずる。

以上の文章は下記の本から引用させて頂きました、ご興味のある方はぜひご一読を!
「ワインと戦争」 ドン&ペティ・クラドストラップ著 村松 潔氏訳 飛鳥新社出版より

(2004年12月27日更新)


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